やさしい時間

脱都会 田舎暮らしを始めた 団塊世代の骨董屋の夫婦のつぶやき
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rian master

Author:rian master
住み慣れた東京を離れ忍野村で 骨董と珈琲の店を始めて14年
素適な人々との出会い
素適な物との出会い
アンティークを眺め、珈琲を飲みゆったりとやさしい時間をすごしていただけたら・・・・


古美術品 古陶磁器 古い家具等 販売と買取りいたしております
ご処分の際はご相談ください


アンティーク茶房 里庵
〒401-0511
山梨県南都留郡忍野村忍草2849-2
℡ 0555-84-7327
open 10:00-18:00(水曜定休) 

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伊万里の沈香壺
久々に輸出伊万里の沈香壺に出会いました。

しかし、この沈香壺、ちょっと違います。

s-仕事 212

ヨーロッパに渡ったこの壺はなにかの事情で蓋がなくなったのでしょう。

当時大変貴重なものです。持ち主は縁と底をこのように加工したのでしょう。

そう、これこそ日本の美とヨーロッパの美意識の融合。

見事な花入れに変身しました。

                    RIAN MASTER


                伊万里の歴史
             
陶祖李参平(り さんぺい)が現在の有田泉山(いずみやま)で陶石を発見し、天狗谷に開窯、苦心試焼の結果、初めて白磁器の製作に成功したのが、日本磁器の歴史の始まりと言われています。有田を中心とする肥前(佐賀・長崎の旧国名)で焼かれた磁器は伊万里港から積み出され全国へ出荷されたことから、伊万里焼と呼ばれました。
 ちょうどその頃、ヨーロッパではシノアズリーと呼ばれる東洋趣味が生まれ、ヨーロッパ商人は競って中国磁器を買い求めました。しかし、輸出国であった中国が、明から清の王朝交代に伴う内乱に入り、中国磁器の輸出が途絶えてしまったので、1659年以降オランダの商社「オランダ東インド会社」が磁器をヨーロッパへ向けて輸出するようになりました。この輸出は18世紀前半まで続きました。
 伊万里焼(いまりやき)は、有田焼の技術が他の藩に漏れることを恐れた鍋島藩が、延宝(えんぽう)3年(1675年)に藩窯を現在の伊万里市にある秘境・大川内山(おおかわちやま)に移したのが始まりです。
 かつては伊万里焼は有田を中心とする肥前地域で焼かれた磁器の総称でしたが、現在は伊万里市内で焼かれた磁器を伊万里焼と呼び、有田町内で焼かれた磁器を有田焼と呼んでいます。 



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コメント
boy meets girlならぬ、west meet east。
西洋と東洋の“出会い”がつくりだすものたち。足して二で割るんじゃなくて、新しい世界を創っていく。わたしはそんなものが大好きです♪
2010/06/20 Sun| URL | やまこ
[ 編集 ]
やまこさん
ひとつ間違えると良さが失われてしまいます。古布の世界も一緒で古布の良さを現代に生かしてよみがえさせる。簡単なようで、なかなか難しいことです。
この沈香壺に出会えたことをうれしくおもいます。そしてこの感覚が私だけじゃなく、やまこさんも感じてくれてうれしくおもいます。
2010/06/21 Mon| URL | rian master
[ 編集 ]
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